< 起 源 >

博多どんたくは、毎年5月3日、4日に福岡市で行なわれる年中行事。市民が仮装姿でしゃもじを叩いて町を練り歩き、舞台や広場で踊りを披露するものです。
もともと、1月に行なわれていて明治5年に禁止されていた「博多松囃子」を復活させるため「どんたく」と呼称を変えて再開されたものだそうです。

< 概 要 >

博多松囃子
松囃子は、年頭に福を祝って行う芸事のこと。松の内におこなう囃子の意。松拍子・松拍とも。
江戸時代の博多松囃子は福岡城へ福岡藩の藩主を表敬するため正月15日に赴く年賀行事として行われていた。福禄寿・恵比須・大黒天の三福神と稚児が松囃子の本体である。
これに博多の各町・各人が趣向を凝らした出で立ちや出し物で続き、これを「通りもん」と呼んだ。三福神・稚児・通りもんの構成が現在のどんたくの原型である。
福岡城を出たのち三福神と稚児は城下の武家町・福岡を通って博多へ戻り、神社仏閣や年行司や年寄(町内有力者)の宅を祝った。
また通りもんは知人宅や商家にて演芸を披露して祝い、商家などは返礼に酒や肴を振舞った。この様相は明治期も同様であった。

どんたく


< 歴 史 >

治承3年(1179)年同年に病没した平重盛に博多の者が恩(「袖の湊」造営などの)を謝すため始まったと伝えられる。また元日節会が平安時代に地方に伝わり、博多の人々がそれを発展させたのが始まりとも言われるが、確かな起源は定かではない。室町時代の松囃子の習慣が博多にも伝播したのが始まりとも考えられる。
文禄4年(1595)年筑前領主小早川秀秋の居城であった名島城へ博多の町人が松囃子を仕立て年賀の祝いを行ったと記されている。
明治5年(1872)年「金銭を浪費し、かつ文明開化にそぐわない」という理由で福岡県からの通達により山笠や盆踊りとともに正月の松囃子は禁止され、天長節などを祝うようにとされた。
明治12年(1879)年三福神、稚児、そして福博各町の通りもんが紀元節の2月11日を祝した。
大正4年(1915)年明治20年代より招魂祭に繰り出していたが、招魂祭の開催日が4月30日と5月1日に決まり、松囃子どんたくもそれに倣った。
昭和13年(1938)年戦前の松囃子どんたくは中止となった。
昭和21年(1946)年5月に「博多復興祭」として空襲被災後の瓦礫の中、子供山笠とともに松囃子どんたくが行われた。
昭和22年(1947)年福岡市・福岡商工会議所・商店街代表・市民有志らによって博多どんたくが5月の24日・25日に開催され、3台の花電車に16か所の仮設舞台と、現在のどんたくの形式はここに誕生した。
昭和24年(1949)年前年に制定された憲法記念日に合わせて5月3日と翌4日を開催日とし、名称を「松囃子どんたく港祭り」とした。
昭和28年(1953)年博多松囃子の伝統を保持する目的で「博多松はやし保存会」が結成されました。
昭和32年(1957)年「博多どんたく松囃子港祭り振興会」が結成され、祭りの期間が5月3日と4日と定められた。また演芸団体や商店街を勧誘し、優秀どんたく隊への賞の授与がおこなわれることともなった。
昭和36年(1961)年5月2日のどんたく前夜祭が福岡スポーツセンターで開始。
昭和37年(1962)年「福岡市民の祭り振興会」が結成され、どんたくは「博多どんたく港まつり」と名称を改め、市民の祭りとして広く一般市民から参加者を募る方式となり、「博多」にとらわれず福岡市全体の祭りとして定着した。
昭和47年(1972)年福岡市が政令指定都市に指定されてからは国体道路の万行寺〜天神間を車両通行禁止にして「どんたく広場」とした。
昭和50年(1975)年山陽新幹線が博多まで延伸したこの年には「どんたく広場」は更に延伸され、博多駅〜国体道路〜天神間となった。
昭和63年(1988)年どんたく広場は幅員の広い明治通り(呉服町交差点から福岡市役所前まで)へ移った。また同時に前夜祭も前年に福岡スポーツセンターが解体されたことによって福岡国際センターへ、中央本舞台も同じく県庁跡地に変更された。




< 期 間 >

毎年、5月3日〜4日(5月2日は、前夜祭)
2日午後5時から9時まで福岡国際センターにて前夜祭がおこなわれます。どんたく隊の演舞、ミス福岡の選出、ゲスト歌手の歌謡ショーがあります。
3日午前9時頃博多松囃子の一行が福岡県庁や博多駅や企業など市中を表敬し祝い巡るため櫛田神社に集合し修祓を受ける。
  午前10時ベイサイドプレイス博多埠頭にて開会の式典がおこなわれる。
  午前10時から午後8時まで天神地区や博多地区を中心として市内各所約30か所に設けられた演舞台にて、どんたく隊による様々な演舞が入れ替わりに披露され続ける。
  午後1時から車両を通行禁止にした明治通りを「どんたく広場」とし、松囃子を先頭にしたどんたくパレードが始まり、続いて博多高砂連、市長・会頭・知事・ミス福岡とともに福岡県警音楽隊、花自動車隊、古くから参加している古典どんたく隊など、午後7時ぐらいまでパレードは続く。パレードは路上で自由に見ることができるほか、階段状の有料桟敷席が設置され、そこから観覧することができる。
4日午前10時から午後8時まで3日と同じように市内各所約30か所に設けられた演舞台にて、どんたく隊の演舞が披露され続ける。
  午後3時から3日より開始が2時間遅れてどんたく広場のパレードが行なわれ、マーチングパレードなどが催される。
  午後6時頃からどんたく広場にて飛び入り参加可能なフィナーレの「総おどり」が行われる。
  午後8時から9時まで博多埠頭でどんたくパラダイスファイナルナイトが催される。

< 見どころ >
1.三福神と稚児舞
3日、4日の2日間の間、馬に乗った福神、夫婦恵比寿、大黒神、稚児を引き連れて博多松囃子隊が福博の街を廻って主要なところでお祝いの奏上と稚児舞を披露します。
又、その中に笠矛がいます。この中には神様がいらして、中を通らせてもらうと、風を引かない、より美人になるといった言い伝えがあります。

2.市内各所約30か所の演舞台
演舞台といってもかしこまった物でなく、ちゃんとした舞台もあれば、中には路上が演舞台のところもあります。又、上記約30か所以外にも演舞台があります。
福岡・博多の街をあてなくぶらぶらして見つかった演舞台を見て廻るのもいいものですよ。

3.どんたく広場
5月3日は午後1時から、4日はごご3時から明治通りを呉服町交差点から天神市役所前までの間をたくさんのどんたく隊が通り抜けていきます。
有料の桟敷席もしつらえてありますが、道端に腰をおろして、コンビニで買ってきたおにぎりを食べながら、見るのもいいかもです。




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< 言葉 >

いおーたー(祝うたー)

どんたくは基本的にお祝いを申し上げるお祭りです。つまりお祝いの言葉です。
このお店はいいお店だ、お祝いしましょうといった意味で「いおーたー」といって廻ります。
手を肩幅くらいに前に広げてそのまま天に向けて発声と一緒に手をあげます。